「Scrap and Build」 本展の展示物のうちChim↑Pomの作品群は、会期終了後にも撤去されず、ほぼ「全壊する展覧会」としてビルの建て壊しに伴って破壊される。その後、ビルと運命を共にしたそれらの作品の残骸を拾い集め、再構築。同じく建て壊し物件である渋谷PARCOのネオンサイン「C」と「P」なども加え、プロジェクト第2弾となる個展を、その後自らのアーティスト・ラン・スペース、Garter@キタコレビルにて開催し、建築家・周防貴之とのコラボレーションとして、戦前からのバラックであるキタコレビルをD.I.Yに改築しながら展開する。
4階 青写真を描くversion 2
4階 ルネッサンス憲章
3階 BLACK OF DEATH
3階 SUPER RAT -Diorama Shinjuku-
3階 みらいを描く
3階 性欲電気変換装置エロキテル5号機
3階 虹を見て思ひ思ひに美しき
2階 下町のパラドックス
2階 都市は人なり
2階 5輪
1階 ビルバーガー
1階 賽
1階 また明日もみてくれるかな?
地下1階 仁義
地下1階 ART is in the pARTy at club 仁義
Statement
東京の街の変化が激しくなっている。歌舞伎町は街ごと作り替えが始まり、渋谷PARCOも建て替え。東京で最も古い駅として愛されてきた原宿駅も建て替えが決定。新宿駅や渋谷駅前は常に工事中で、2011年の震災以降の耐震対策なども相まって、東京都は街の大改造プランを発表し、推進している。「2020年、東京オリンピックまでに建て替える」という常套句が、アスリートへの応援とは別に大義名分として謳われている。国立競技場の建て替え問題は、それを象徴するような出来事だった。
そもそもなぜ「オリンピックまでに」なのであろう? 東京の建設ラッシュで予想される建設作業員の不足から、福島をはじめとした震災の復興が取り残されることを懸念する人もいる。しかし政府はこのオリンピックを「復興オリンピック」と呼ぶことで、国際世論に意義を訴えかけてきた。思えば戦後の焼け跡が現在の東京の街へと整備されたのも、1964年の東京オリンピックがひとつの大きな契機であった。発展途上国だった当時の日本にとって、オリンピックは、インフラ整備や街づくり、経済大国になるためのひとつのビジョンとして存在したのだろう。かくいう本展の会場である歌舞伎町振興組合ビルが完成したのも、1964年、オリンピック開催の5ヶ月前だった。
長らく不況にあえぎ、大震災に見舞われた今の日本。2020年の東京オリンピックに、人々は当時の活況を重ねようとする。「世界中から人が来る」「景気が良くなる」……、そんな期待とともに、多くのポジティブなスローガンが再生産される。
復興とは? 街とは? そもそも21世紀における未来とは、このように20世紀に描いたビジョンを繰り返すことで創られるものだったのか? 多くの災害に見舞われながら、スクラップ&ビルドを繰り返してきた日本の歴史。街並みの変化とともに生きてきた近代の日本人。展覧会そのものが体験するスクラップ&ビルドから、日本人の「青写真の描き方」を問い直す。
Chim↑Pom 2016