1931年2月5日生まれ 米・メリーランド州ボルチモア出身 日系アメリカ人
TOKYO JOE&OSAKA JOEからなる二人で一人の結合双生児悪役レスラー
本名:不明
身長・体重:不明
ニックネーム:The Toxic Avenger / Golden Brothers
タイトル歴:なし
得意技:主に反則攻撃(目つぶし、咬みつき、金的等)
1950年代後半から全米で活躍。第二次世界大戦後のアメリカのプロレス界では多くの日系アメリカ人が活躍していたが、Big The Gedoについては記録や当時を知る者も少なく、伝説のレスラーとして語られている。 原爆で死んだ両親の復讐にやってきたというギミックで、全米を震撼させた悪役レスラー。結合双生児としては稀な強靭な肉体と精神に恵まれ、ハンディキャップをものともせずアメリカのリングで依然として残っていた反日感情を利用して悪役に徹した。
入場時には観客から「キル・ザ・ジャップ」と罵られながらも不敵な笑みを浮かべ、「万歳、万歳」と狂喜乱舞しながらの入場スタイルは観客の感情を逆なでした。試合においては窮地に陥ったときの卑屈に許しを乞うた後の股間への攻撃や目潰し、咬みつきなど、真珠湾攻撃を連想させる騙し討ちや反則攻撃を売り物とした。ハンディキャップがあることから人権団体の抗議も殺到したが、Big The Gedoは「余計なお世話だ!おまんまの食い上げじゃねーか」と一蹴。更にラフプレーの過激さを増していく。二人で一人という所謂「ニコイチ」でのスタイルでシングルマッチにもタッグマッチにもBig The Gedoとして出場していた。その曖昧さを見かねた銀髪鬼フレッド・ブラッシーがタッグパートナーとして依頼したが、「俺たちはニコイチだが生まれ持ってのタッグチームでもあるから、いらぬ」と無下に断る。それが原因となり公式タッグリーグ戦などへの出場ができなくなる。嫌がらせのために当時では珍しい試合への乱入や場外での奇襲攻撃をおこなうようにもなった。噂を耳にした力道山が日本での試合を強く熱望し交渉までしていたが、1962年にデトロイトにて行われた試合で、残虐な反則行為を目の当たりにした老婆がショック死するという事故が起きる。事故をきっかけに突如としてアメリカマット界から姿を消す。 その後のBig The Gedoの消息を知る者はいない。
悪役に最後まで徹し、プロレスの虚実皮膜性、勧善懲悪におさまらない複雑さとナショナリズムを浮き彫りにしながらも差別や偏見をもエンターテイメントして消化するそのスタイルは現在も多くの者に影響を与え、語り継がれている。
Hall of shame[Big The Gedo]no.2
インクジェットプリント、テキスト
297 × 420 mm
ビッグ・ザ・ゲドウ (2016)