荒木悠

Bivalvia: Act I|双殻綱:第一幕

2017 9.16 - 2017 10.28

無人島プロダクションでは、荒木悠個展「Bivalvia: Act I|双殻綱:第一幕」を開催します。

荒木悠はこれまで、ある事物が他の土地へと伝播し、その過程で生じる変容や誤訳を伴いながら根付いていった物語に大きな関心を寄せてきました。主に映像を媒体とする過去の作品群は、自身が訪れる場所との関係性を出発点に、個人的な発見を大文字の歴史や既存の文脈に編み込む手法によって構成されています。ここ数年の彼の作品には、越境する文化的象徴として「食べ物」が頻繁に登場します。彫刻を学んでから映像制作を始めた荒木は、食文化もいわば複製・再現が可能なフォルムと捉えています。移動の多い生活をおくる荒木は、さまざまな土地の食材や食文化を通じて発見した固有性や差異を独自の解釈で「翻訳」し、虚実を交えた物語を発表してきました。

本展タイトルである「Bivalvia」は、分類学の父と呼ばれるカール・フォン・リンネ(1707~78年)によって分類された「双殻綱(二枚貝)」のラテン語の学名から引用されています。スペインはガリシア地方の海辺を歩いている時に見つけた、流れ着いたヨーロッパヒラガキの殻に魅了された荒木は、その後、長い時間をかけて形成される表面の凸凹が「彫刻」と呼ばれていることを知りました。また現地のレストランでは人々が大量の生牡蠣を平らげ、殻を卓上の皿に積み上げていく様を目の当たりにし、圧倒的な「ヴァニタス*」を感じたといいます。古来より西洋文化圏では媚薬としても摂取されてきたこの食材を、生で食すことへの強いこだわりがどこからきているのかを探求している過程で、「牡蠣」を意味する「Ostra(スペイン語)」の語源がギリシャ語の「骨」に由来していること、また英語の「Oyster」という言葉には「寡黙な人」という意味合いがあることを知り、さらには「唄**」という漢字が「口」と「貝」の象形から成り立っていることにも着目し、「唄と殻と人を巡る輪廻転生のオペラ」を構想するに至りました。

荒木は牡蠣の残骸を見た時に「今までは貝の中身が《生》の象徴だと思っていたけれども、中身は食べられてしまうので貝にとっては《死》であり、残された殻こそがむしろ《生》を象徴しているのではないか」と考え、「遺された者には、死者をカバーすることしかできない」と持論を展開し、「中身を覆う殻」を主役に据えることに決めました。新作映像では「殻の間の空間」をメタファーにしつつ、「中身(具)」ではなく、徹底的にその「周縁(殻)や表面(彫刻)」にフォーカスした物語り方の創出を試みます。

今後、シリーズとして展開していく予定の「Bivalvia」の一幕目となる本展では、スペインと韓国で撮影された新作映像と写真を中心に披露します。海を隔てた遠い場所から漂着した新作映像を、そして荒木がこれから長い時間をかけて紡ぎ出していくシリーズの第一幕を、ぜひご覧いただきたいと思います。

荒木悠
1985年生まれ。
2007年、ワシントン大学サム・フォックス視覚芸術学部美術学科彫刻専攻卒業。
2010年、東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像研究修士課程修了。
日本を拠点に世界各地で作品を制作。現在は、韓国・光州のACC(Asia Culture Center)で滞在制作中。
来年はアムステルダムのライクスアカデミーにゲスト・レジデントとして参加することが決まっている。
* ラテン語で「空しさ」を意味する言葉。また、16世紀~17世紀のフランドルやネーデルランドで多く描かれた「人生における虚無感の寓意」を表す静物画のジャンルのひとつでもある。
** 梵語で「唄匿(ばいのく)」という、法要で身心を静めるために唱える曲に由来する。