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ディスリンピック 2680 (2018)
木版画(和紙、油性インク)
242.4 x 640.5 cm

現在では「幻のオリンピック」と呼ばれている、1940年の「東京オリンピック」。その年、神武天皇即位紀元(皇紀) 2600年を奉祝する行事として予定されていましたが、戦争突入直前の国際社会から孤立した状況下で中止となりました。それから80年経った2020年に、東京オリンピックの開催決定。「 2680 」は幻のオリンピックの復活を意味しています。
『ディスリンピック2680 』は、優生思想で統制された近未来都市「ディスリンピア」で 2020年に開催される、架空のオリンピックのオープニングセレモニーを描いた巨大木版画作品です。ここで行なわれているのは、理想の国家のために選別された国民が動員される、民族浄化のユートピア建設の祭典。1940年は「国民優生法」が制定された年でもあり、 2020年はその制定80周年に当たります。
ここに描かれる競技場は、ダンテの『神曲』から引用した形体をしています。「地獄」はすり鉢状の観客席とトラック、「煉獄」は煉獄山の形をした巨大モニュメント、「天国」は太陽系を表したドーム型天井。その天井は1851年、ロンドンに建造されたガラスと鉄のパビリオン「水晶宮」をイメージし、大阪にある現代版水晶宮の廃墟「なにわの海の時空間」の画像を元に描いています。
この競技場は開幕式であってもまだ「未完成」であり、そしてすでに「廃墟」のように見えます。それは、アルベルト・シュペーアがナチスの巨大建築を設計する際に唱えた「廃墟の価値理論」に準じて、国家権力の威容を未来に残すための「未完の廃墟建築 」をイメージしているからです。

左側の観客席は、2020年東京オリンピックのメインスタジアム「新国立競技場」の建設現場です。右側は、その建設材料であるセメント(石灰岩)を採石する山の風景です。左側のゾーンでは、最も優秀な青年を集めた「甲」のチームがスコップを掲げて入場行進しています。彼らは国家建設のために命を捧げる「奉仕団」として招集されました。「健康な国民」のシンボルである青年たちが、戦時中は戦場へ駆り出され犬死していった矛盾。この光景は 1943年の神宮外苑競技場における出陣学徒壮行会の隊列と、ナチス党大会の記録映画『意志の勝利』の作中に見た、ツェッペリン広場にスコップを掲げて集合する国家労働奉仕団の大隊列を参考にして描きました。
中央には、日本国旗を思わせる旗と、ユージェニクスを提唱する国際優生学会のシンボルツリーが頂にそびえ立つ「煉獄山=トレーニングセンター」の巨大モニュメント、そしてその下に集合した「乙」チーム。第二の性、二番手に位置する少女たちが一生懸命に「二六八〇」のマスゲームを演じています。彼女たちは国家の従順な構成分子、未来の母親として健康の向上に勤しんでいるのです。

右側には、優生学的に「劣性」の烙印を押されて排除された人々とその魂「丙丁戊」チーム
が集められています(*)。障害や病気を持ち、子孫を残すことを禁じられた彼らとその子供の魂は、健全な社会への立ち入りが禁じられ(その境界は柵で仕切られている)、この健康の祭典が無事に開催されるよう「人柱」の生贄になります。石灰岩から作られたコンクリートとともに穴に流し込まれるのです。
右端には、子供を産めない女性を意味する「石女(うまずめ)」という言葉から、断種された人々の姿を、手足をもがれた女の石像で表現。石のコロシアムと石化のシンボルであるメドゥーサの表情は、ギリシャ悲劇を連想させます。

*「甲乙丙丁戊」は日本で戦前から使われる、序列を示す記号で、徴兵検査では甲=健康、乙=現役適合、丙=身体欠陥、丁=障害者、戊=病人というランク付けがされた。

この開幕式のメインイベントは聖火の点火ではなく、左下の人間大砲(戦前の博覧会で実際に行なわれた)から発射された最優秀の遺伝子=「国民の弟」(日出鶴丸クン)が、天上に輝く太陽=卵子に直接投入される「血の祝砲」というパフォーマンス。太陽は国家権力の守護神として崇められ、この『ディスリンピック 2680 』はその未来永劫の存続を讃えるためのお祭りなのです。

ニューヨーク近代美術館蔵